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ムナーリのことば

十年以上愛読し続けてきた、ブルーノ・ムナーリの特選短文集 Verbale Scritto を、写経するような気持ちで翻訳したものが、「ムナーリのことば」(平凡社)という本となって世に送りだされた。

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ムナーリは、本の中にこんな言葉を残している。
 
子どもの心を 一生のあいだ
自分の中に持ち続けるということは
知りたいという好奇心や 
わかる喜び
伝えたいという気持ちを
持ち続けるということ  
 

人は大人になると、いろいろなことができるようになるので、大人は子供よりもずっと高い能力を持っていると思い込みがちだけれど、それがいかに疑わしいことであるかと、近年つくづく感じている。大事な本質的な話に限って、子供は問題なく理解するのに、大人にはなかなか通じないのである。

人 は誰も本能として、ものごとの本質を感じとる力を持って生まれてくるけれど、どうもその能力は、十歳くらいを境に、少しずつ少しずつ衰えてゆくものらしい。そして、おそろしいことには、どうでもいいことにばかりにかまけて、その本能を日々鍛えることを怠っていると、その力はまったく出番を失って、やがては完全に退化してしまうようなのだ。
 
おとなのしるしに 懐中時計をつけてもらった
そのとき 僕は十歳で
でも 何時に大人になったらいいのか
よくわからなかった 
 
これは、表紙の古い写真の中で、よそゆきの服を着て懐中時計を眺めている、十歳のムナーリが述べている言葉である。ムナーリは、十歳の心の中にあった本能をずっと維持し続けて、生涯「子供の言葉」を自由に駆使することができた、数少ない大人の一人だったのだろうと思う。

ムナーリの文章は、いつもリズムの良い、とても易しいイタリア語で書かれている。しかし、このムナーリの「易しい言葉」は、いわゆる「子供でもわかる言葉」 ではなく、むしろ、「子供の心にだけ響く純粋な言葉」なのだと、翻訳を終えて思う。ムナーリの本は、最も上品な子供の言葉で書かれた大人の本であり、同時に、大人の英知をふんだんに織り込んだ極上の子供の本でもある。なにしろ、何時におとなになったらよいか、よくわからないまま九十一歳の天寿を全うした、ムナーリの珠玉の言葉であるから、子供はその本質をちゃんと理解する。したり顔のおとなの百倍くらいは理解する。

だから、ムナーリを理解する人々にとって、この本を子供の手の届かない「一般図書」のカテゴリーに放り込んでしまうのは、大変忍びないのであるが、絵らしい絵もなく、俳句や詩や随筆のような形で、見方によっては、大いに難解なことも書いてあるために、この本を世に出そうとする人々は、一般図書、児童書とバッサリ分けられてしまう、世の中の本の分類を前に、ずっと悩ましい気持ちを抱えてきたのだった。

しかしながら、突破口はあるものだ。日本では難しい分類以前に、「小さな活字で難しい漢字をたくさん使った本=大人向け」、「大きな活字でひらがなを使っている本=子供向け」という大変シンプルな分類法が、大変広く普及している。(まじめで難しい大人向けのことが書いてあるのだぞ、ということをアピールするために、難解な漢字をちりばめ、小さな活字で印刷するという手法は、法律関係の本や学術論文などによく使われている。)そこで、編集の下中美都さんの多大なるお力添えを得て「ふりがな」という日本語特有の離れ技を駆使して、その世紀のジレンマを解決することができたのだった。つまり、大人の本でありながら大きめのフォントを選び、漢字に「ふりがな」を添えることで、十歳の子供にも読める本になり、また内容となると、わかったふりしかできないという大人であっても、これは子供にも読めるものだということが、たやすく理解できる本になったのである。

こうして、日本語版「ムナーリのことば」は、世界で初めて、「一般図書」と「児童書」の二つの入口を持つことを許されて、原書を出版するコッライーニ社をも、大いにうらやましがらせることになった。

この特別な日本語版が、かつて十歳だったあなたの心に、そして、今、十歳の君の手に、届きますように。

 

(平凡社のPR誌 月刊百科 2009年10月号に寄稿したエッセイより転載)

 

ムナーリのことば

ムナーリのことば

  • 作者: ブルーノ・ムナーリ
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2009/08/04
  • メディア: 単行本

 

MasayoAve creation 公式サイト www.macreation.org

*記事、写真の無断転用は、ご遠慮ください。 転用ご希望の方は、info@macreation.org まで、ご一報ください。

 


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Maki Utsunomiya

昨年から建築の勉強を始めています。
今朝、図書館でたまたまこの本を拝読しました。

課題の模型を作るのに、どうしても画材屋さんで売っている材料に手を出せずに、家にぐーぐー眠っている廃材で作っている自分を少し恥ずかしいのかなあ、と思い始めていたのですが、
なんだか又楽しくなってきました。

ありがとうございます。
by Maki Utsunomiya (2009-11-02 18:30) 

阿部雅世

「アイディアに貧しいデザイナーほど 高価な材料を使いたがる」とは、ブルーノ・ムナーリの言葉ですが、それは、「高価な材料が手に入らないときほど、豊かなアイディアが生まれてくる」という意味でもあると思います。

できあいの模型材料が、簡単に手に入ってしまう時代ですが、それと引き換えに失う創造性が、けして小さくはないことを肝に銘じながら、バランスをとって創作活動に励みたいものです。

がんばってください。
by 阿部雅世 (2009-11-16 04:05) 

井の頭・浜中

石を水に投げ込むくだり、「心のおもむくままに」
そして「必然と偶然と」が今日の私のお気に入りです。
雑多なものやこと、考えに埋もれている生活を、
見直したい思っていた矢先のムナーリの、
「頭をこんがらかして考える」は衝撃的でした。
あたまの屋台骨がいい具合に崩れて楽しい気分になれました。
こんがらがった生活はもうしばらく続きそうです。

by 井の頭・浜中 (2009-11-18 23:55) 

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