フランスの丸い窓のある家
もう二年も前になるが、無印良品の家カタログという冊子に、「フランスの丸い窓のある家」というエッセイを寄稿したことがある。その時は、文章のみの寄稿で、写真は紹介できなかったのだけれど、2002年の写真フォルダーの中でさがしものをしていたら、その家の写真がたくさん出てきたので、本日は、写真とともに、あらためて、「フランスの丸い窓のある家」をご紹介。
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「フランスの丸い窓のある家」
何しろ建築が好きなので、20年近いヨーロッパ生活の間に、随分とたくさんの建物を訪ねたが、その中で、最も心に残っている「家」は、フランスのサンテティエンヌ郊外の丘の中腹に、ひっそりと建っている小さな住宅。アントニオ・ベニンカとマルレーン・ポルタイヨーという、そろそろ還暦を迎える芸術家夫婦が、建てながら暮らしながら、四半世紀近くの時間をかけて、自分たちの手で造った家だ。
その家は、お椀を伏せたような、連なるシャボンの泡のような、不思議な形をしていて、表面のそこここに、円形の窓がある。家を建てるにあたって、最初に決
めたのは窓の位置だということで、古い写真には、巨大なぺろぺろキャンディーのような原寸の丸い窓枠を持って、敷地と決めた更地の中をうろうろしている、
若き日のベニンカが写っている。
その窓枠から見える景色や、入ってくる光を確認しながら、寝室の窓はここ、居間の窓はここ、天窓はここ、と、理想の窓の位置を決め、そこから、部屋割りを
決めていったという。だから、この家では、どの窓にも、その部屋にふさわしい眺めがあり、そこから、部屋の用途にふさわしい量の光が、まるで周到に計画さ
れた、舞台照明のように、その時期の、その時間の、まさにその場所に、すうっと差し込んでくる。
家という限られたスペースの中にあって、食べるに、働くに、くつろぐに、眠るに最良の場所というのは、それぞれ一カ所しかないものだよ、とベニンカは言
う。だから、その家には、いくつかの椅子を除いては、動かせる家具はほとんどなく、食卓も、ベンチも、ベッドも、たんすも、書斎の机も、本棚も、食器棚
も、すべて、ここぞという一番ふさわしい場所に、造りつけてあった。
食卓は円形。一人で座っても、十人で囲んでも、絵になる大きさの丸い天板が、窓辺の、まさにここです、という場所に固定されていて、朝食の時間になると、周囲の壁天井には、窓の外にしつらえた小さな池の水に反射させた朝日が、ゆらゆらと遊んでいる。
その家においては、何気ない取っ手も、小さな額に入った絵も、観葉植物も、食べかけのパンも、灰皿も、そして、散らかったメモに至るまでが、あるべき場所にある。家の中で、頼りなげに、居心地悪そうにしているものが、一つも見当たらないというのは、実に、何と心強く、気持ちのよいことであるか。
何度も何度も仮縫いをして、丁寧に仕立てられた服のように、その家は、暮らしの形に、生活の動きに、ピッタリと合っていて、そこには、できあいの建物に、いい加減に暮らしている限り、絶対に得られることはないであろう、極上の住み心地があった。そして、それこそが、「建物」を「家」にする魔法なのかもしれない、と、気づかされたのだった。
エントランス外観。上の丸い窓は寝室の窓。
下の丸い窓の内側には、丸いダイニングテーブルがある。
この窓の前につくられた、小さな池の水に反射する朝日が、食卓のまわりの壁天井に水影をゆらゆらさせる。
リビングスペースに面する、出入り口つきの大きな窓。
リビング内観。左手の丸い窓の前が、食卓スペース。机、椅子も、ベニンカの自作。
ディテールきっちり。ベニンカは、イタリアのヴェネト出身。イタリアのクラフトマンシップに満ちた、絶対手を抜かない仕事をする。
これも自作の暖炉。
部屋のドーム天井を見上げたところ。
この家に階段はない。 二階の寝室へは、この斜路を昇り降りする。
不思議な形だが、滑り台のように中央をくぼませてデザインしてあるので、歩く人の体の重心は常に中央に落ちる。よって、手すりがなくても、絶対に外側に落ちることがない。昇り降りは、見かけからは想像できないほど快適。
こういう美しいおさまりは、頭で考えても、デザインできない。ただただ脱帽。
家の作者、アントニオ・ベニンカに拍手。この腕二本と、頭を使って、全部一人で作り上げた。こういう人を、アーティストという。
カーテンコール。
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阿部 雅世 公式サイト MasayoAve creation www.macreation.org
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